研究姿勢

100年以上前に、すでに、大気中のCO2濃度が2倍になると、気温が4℃上昇することを予測されていました。大気中のCO2濃度は産業革命以降、280ppmから今や400ppmへと100ppm以上も上昇し、温暖化の影響が出始めています。しかし、地球システムの各プロセスが単純だとしても、それらが入り交じった地球気候システムは単純なものとならず、人間活動により放出されたCO2がそのまま大気に留まるわけでもなく、人間活動が何もしなくともその濃度は変化します。

 

この原因は、地球と太陽・惑星間の運動に由来し、人類有史以前の気候変動を引き起こしてきました。この力を受けて、地球気候システムには、さまざまなフィードバック過程が働き、大気中CO2濃度ばかりでなく、すべての物質循環や地球環境をコントロールしているのです。その上に、産業革命以降に人類がはき出したCO2などによる地球温暖化傾向が映し出されているのです。このため、単純に、ある一義的な現象の変化を見て、温暖化だとか寒冷化だとか決めつけるのは危険です。実際、1970年代には、ある短い期間の平均気温の減少傾向を見て、科学者の一部はこれから寒冷化がくると言っていました。

 

そこで、地球気候システムを理解するために、本来起こる物質循環を解明し、その上で、現在、顕著になりつつある地球温暖化の影響の程度を区別し、その影響の程度を科学的に明らかにする必要があります。また、無為に対策を打つと、気候には安定解と不安定解があり、不安定解の領域に突入すると、もう歯止めが効かず後戻りできないかもしれません。良識ある科学者はこの点を理解し研究を進めていますが、世にはその区別さえ危うい人たちが多くいることは事実で、1970年代とは逆の「地球温暖化」のオオカミ少年になるかもしれません。

 

これらの地球気候変動を増幅して突如、温暖になったり、寒冷になったりするキードライバーは、海洋大循環とその物質循環です。これらのシステムを明らかにするため、私は、化学を武器にし、化学の目を通して、現在の地球で働く様々な過程を解明するとともに、過去の地球システムにも目を向け、将来の地球の予測へと繋がる研究を行っています。

 

地球上の化学物質は、物理的に働くだけでなく、時に姿を変えて地球の中を循環し、その変動をも記憶して巡り巡るので、常に地球全体を一つの系として取り扱う必要があります。

 

地球の変化に対して最も敏感に反映するのは、大気です。大気中のCO2、N2O、SF6、フロン類などの成分測定もしますが、その目的は、単にその濃度を分析学的に知りたいのではなく、その時空間変動を解析することで、それらを支配する諸現象・諸過程を探り出すことで、地球気候システムを明らかにすることにあります。一方、気候変動の主役は、海です。海は、大気の50倍のCO2、70倍の質量、1100倍の熱を貯えており、気候変動・地球温暖化の時間スケールでの地球環境変化を引き起こすキードライバーです。その未開の扉は、一点を追求してもなかなか開けられません。

 

例えば、炭素循環について、炭素のみに注目しても解明はできません。生物による有機炭素の生成量を決めている因子は炭素ではなく、その他の化学物質の循環です。表面海水の炭素濃度が減れば、必ずしも大気からCO2が溶け込んでくるわけではありません。大気海洋間の物質交換、沿岸や海底で起こる過程を含めて、海洋・大気・陸域全体を包括的に解明する必要があるのです。

 

その手段は、海水成分、気体成分、堆積物成分、生物試料、有機化合物、微量金属、放射性核種、安定同位体など多岐にわたるざるをえません。これらの化学を武器にし、化学の目を通して、地球上の化学物質の物質循環の包括的な解読を進め、本来起こる物質循環場と人為的な地球温暖化の影響を区別し、その影響の程度を科学的に明らかにすることを私の研究目標に設定しています。

 

まずは、これまでに分かっている地球気候システムを学ぶことです。これを行わないとまちがいなくその才能は涸れてしまいます。そのためには、これまでの関連論文を読破する必要があります。しかし、それだけではいけません。関連する専門書を読まないと、論文にはその基礎が詳細には書いてありませんから、また、その才能は涸れてしまいます。そのたゆまない努力がひとたび喜びとなれば真の「楽しみ」に至るはずです。(参考:【コラム意到筆随 】本を読まぬものは必ずや涸れる

 

そのうえで、地球気候システムの独自の研究作業仮説を立て、海というフィールドに出て、見て、感じて、考えることです。そして、苦労して得たサンプルを化学的手段を用い、化学の目を通して研究することで、その作業仮説の科学的証明を試みること。これぞ場当たり的な地球科学ではない真の地球科学・大気海洋化学の醍醐味だと言えます。

 

化学的手法の特色と長所は、定量的に表現できることで、時間尺度を与える人類起源の気体成分や放射性核種、相変化などを物理的生物的過程を語る安定同位体、また、希土類元素や遷移金属なども、それぞれの性質をもとに確実に我々に地球気候システムが何かを語ってくれます。化学の目を通して、これらを読み解き、科学的証明を試みことで、自然科学のすばらしさを味わえるはずです。

 

「地球を相手にする研究、大気海洋化学の研究は、自身の生涯をかけて研究するに値する」と、私は確信しています。